5月10日(金)

あれから色んなことが起きた。

縁があり復職し、涙の別れを告げたはずの彼とまた同じ職場で再会できた。事情を知っていた同僚や先輩の計らいもありまたすぐに仲良くなれた。

気づけば以前のようにお酒を飲んで度々わたしの家で過ごした。

彼は旅行帰りにお土産を買ってうちに来てくれたし、彼の誕生日も祝えた(ひどい結果になってしまったが)。一昨年はお互い仕事に追われかなわなかった酉の市にも行けた。わたしの誕生日を今年も祝えるんだ!と喜んでくれていた。

ひたすら家にこもってドラマのファーストラブを一気見した時は、あまりにも騒ぎすぎて涙がでるほど笑ったのをいまでも思い出す。演出を我々なりに真剣に考察し夜中まで話し合った。

そんな風に過ごしていると、以前のような時間が戻ってきた気がして本当に嬉しかった。

 

それでも違ったことが多々あった。

彼は今度はわたしの家に荷物をひとつも置いていこうとしなかった。完全に線を引かれているんだと感じ取っていた。

ほんの少しの言葉の濁し方から、彼がわたしに隠していることがあることも気づいてしまった。わたしに嘘はつかないと言っていた彼が、嘘をついていると感じる場面が増えた。

一緒にいたいという気持ちから見ないふりをすると同時に、ずっと不安で怖くて結局関係は悪化した。

ひょんなことからそれらの疑いは確信に変わってしまい、最悪な形で再度関係が終わった。

 

それからの生活は地獄のようだった。

こんなにもつらい生活をまた送るのかと、毎日がいやで仕方がなかった。会社に行っても行かなくても、わたし以外の人間が彼と楽しそうに関わる様子を見聞きしてしまう。わたしが仲良くしていた多くの人達は今回の事情も全て知っていたからたくさん励ましてくれた。

それでも仕事上や、その人らと彼との間柄にわたしの苦しみは関係ない。彼と楽しそうに関わる姿を見て、恨みたくない人達を恨んでしまう自分もいやになった。

プライベートの時間が楽しいものであったのが何よりも救いだった。近所のコミュニティや地元の友達、幼馴染みとたくさん遊んで過ごした。その時はいつも彼についての苦しみが薄れていた。

それでも一日の大半を占める職場でのストレスは確実にわたしを追い込んでいた。

だんだん人に優しくできなくなり、ひとりで飲み屋に繰り出して飲みたくない量のお酒を飲み生活は乱れていった。自分の性格が曲がっていくのを感じた。ただでさえひねくれているというのに。

ずっと苦しかった。彼との最後は一方的に遮断され、わたしだけが取り残された感覚。

 

ひとり飲んだくれて財布もなにもかもを失くした日もあった。記憶がないまま何十万と使った日もあった。道端でひとり倒れていたところを通報されお巡りさんに大変なご迷惑をお掛けした日もあった。彼と別れる寸前の最悪な状況となにも変わっていなかった。

どうしたら状況が好転するだろうと考えていたが、答えはわかりきっていた。早く彼のいる環境から離れることだ。でもすぐにそれをしたくなかった。たかが痴情のもつれで離職するなんてことをしたくなかった。

しばらくしてから抗うつ剤睡眠薬が欠かせなくなり、朝は起きれず職場に行けなくなる日が増えた。

それが理由だと言えないため、寝坊しちゃった~と軽口を叩いて過ごした。幸い職場でのわたしの性格やそれまでの仕事への姿勢が手助けしてくれて大目に見てもらえることが多かった。ただ、さすがにもうこれ以上は無理だとわかった。職場にも、フォローしてくれる方たちにも申し訳なさでいっぱいだった。

もういい、たかが恋愛の悩みだろうがわたしにとってはしんどかった。理由が子どもだと言われようがつらいことに変わりなかった。

 

無事に先月末で退職となった。少しの寂しさはあるが、えもいわれぬ解放感と安堵。これで良かったんだと思える。

今はさほどつらくないと思う。去年の今頃は彼とGWずっと一緒にいた記憶があり毎日寂しい気持ちになるが、前を向かなければいけない。

今でも毎日夢に見るほど彼のことを忘れられていないけれど、嫌だったところを思い出してなんとかバランスを取っている。

思考を止めたくない。もがくのをやめたくない。わたしはわたしのために頑張ってあげたい。

明るい未来に就職希望だわ!

2日目

2023.9.19

 

彼からの連絡が冷たくなった2週間前、ただ落ち込んでいてはだめだと思った。

自分でも今の自分が好きになれない。仕事もせず、横で働く彼を横目に寝ている。気が向いた時に飲み歩いては荒れ狂うだけ。心に余裕もなくて彼の行動ひとつひとつに目くじらをたてた。そんな自分を軽蔑していたし、きっと彼も同じように感じていたと思う。

就活はエントリーの時点で落ちる。キャリアも資格もないのだから当たり前だ。

このままではダメだと思い、今できることを少しずつやろう。そう思い自室を掃除した。散らかっていた洋服も、床に落ちている髪の毛も、とにかく無心で片付けた。彼に見放される、このままでは自分が本当にだめになってしまう、その焦りからだった。

なにかひとつでもいい、ちゃんとしなければ。そんな焦りが今更何になったというのか。もう遅かったんだな、もっと前に行動すればよかった。

 

私が酒に酔って友人や彼にひどいことをしても、血まみれで救急車に運ばれてもそばにいてくれた。

7月に夏風邪をこじらせて1週間寝込んだときは、いつもなら行っているお酒の誘いの電話も断ってわたしを診てくれていた。1週間ほど彼はろくに睡眠もとらず、わたしがふらふらと起き上がるとすぐそばにきて面倒をみてくれていた。わたしに異変が起こった時にすぐに対処できるように四六時中デスクの前に座っていてくれた。少しでもわたしが回復するよう、薬も飲み物も何度も買いに行ってくれた。こんなにも人に優しくされたことは27年間生きていて初めてだった。

そんな神様のような対応をしてくれたことを、この先もし離れても一生感謝するだろうとわたしは泣いた。もしあなたに今後何かがあったときは、わたしのもてる何もかもを駆使して、全世界の人を総動員して助けると伝えた。彼は笑って「ありがとうね、でも今は休んでね」と言っていた。

 

そんな彼のあたたかい優しさを心から受け取れずに、信じきれなかった自分が憎い。自分の余裕のなさから彼を責め続けた自分が憎い。すべて大したことではなかった。浮気をされたわけでもない、嘘をつかれたわけでもない。

そもそも嘘をつかれるのが嫌だと2年弱ずっと伝えていた。わたしは彼がなにかをごまかしている時や強がっている時、真正面から向かっていた。そんな私のことを彼は「すべて見透かされている、おれのことを全部わかってる」と笑っていた。そんな私にだからこそ、私に嘘はつかないと言ってくれていた。

いつだって素直に正直に接してくれていたはず。もっとちゃんと愛情を受け止めることができればなんてことなかった。

もうどうにもならない。その事実がつらい。目が覚めれば涙がでるし、寝ていても彼の夢を見る。優しくしてくれた瞬間、楽しかった時間、全部夢にでてくる。思い出しては泣いて、いつか彼にどこかで会えた時、胸を張れる自分でいなければと思う。

 

わたしが泣いては眠り泣いては眠りを繰り返していた今日、友人が数時間にわたり連絡をくれていた。1人だけじゃない、大好きな友人たちが何度も何度も励ましてくれていた。こんなにも優しくしてくれている友人たちがいる。つらいときに駆けつけてくれる友人たちがいる。十二分に幸せ者なはずなのに、それでも悲しむ自分がいやだった。彼が、寂しくなってわたしを頼ってきてくれないかと思う自分。滑稽でつまらなくて浅はかでどうしようもない。悲しい。

 

初日

2023.9.18

恋人と別れた。振られた。

 

どうしようもない揉め事が続くことに嫌気がさしたんだと思う。数日ぶりの連絡で、もう気持ちは変わらないと言われこちらも何も言わなかった。1週間前はいっしょに六本木の美術館を歩いていたのに。何を考えたのか、どうしたら改善するのか、話をちゃんと聞いたらどうにかなったのか、そんなことばかり考えてしまうけどきっとどうにもならなかった。

恋愛は1人でするものではないから、どちらかがもうだめだと思ったらそれはもうだめなのだ。さすがに諦めがつく年齢になったようだ私も。

 

マンションの下で待っていたらやってきた。

黒いTシャツに白いズボン。渋谷のパルコで一緒に選んだ白いサンダル。横浜でお揃いで買った天然石のアンクレット。リュックを背負っていたのが珍しくて聞くと、仕事しながら来たからpcが入ってると言ってた。リュック姿は新鮮で2回目だった。高1の時から使ってるリュックだと先週の土曜日に聞いたばかりのやつ。物持ちが良い人。そういうあどけなさにいつも惹かれていた。

くしくもわたしは白いTシャツに黒いズボン、白いサンダルを履いていてこの2人オセロみたいだなあとぼんやり考えた。

 

先月横浜に行った時、おしゃれなセレクトショップで線香花火を買ってくれた。線香花火は日本の西と東とでスタイルが違っているそうで、その2種類が入ったものだった。

レジで2人で話していたら「優しいですね」と彼が褒められたことを覚えてる。

その日は歩き疲れてへとへとで、後日やろうと我が家に置いてあった。

 

せっかくだから今日一緒にやりたいと提案した。

近所の公園でなんとなく話しながらなんとなく花火をした。

わたしは平静を装うのに必死で、どんな会話をしていたかちゃんと思い出せない。

1回だけ2人でしゃがんで東の線香花火をやった。よくある形のもの。

わたしのはすぐ落ちて、彼のは持ち手すれすれまで長く燃えてた。

そのあとはもう各々離れたベンチに座って花火を消費して、全部使いきれないままどちらともなく満足してしまった。盛り上がったわけではないけど、おだやかな時間。

 

せめて最後は楽しくしたい、これまでいっしょにいた時間を後悔されたくなくて、時間の無駄だったと思わせたくなくて、必死に気丈に振る舞った。

わたしの手はずっと震えていたし、泣いてしまったときにごまかせるよう普段しないくせにマスクまでしてたから変に思っただろうけど。

 

家に着くころ、タバコを吸ってくるから荷物をまとめておいてと別れた。

彼の存在が家からなくなっていくのを見たくなかった。

駅まで行こうか迷いパチンコ店にはいった。騒がしい方が気が紛れるような気がしたからだ。2本吸って、彼の気が変わっていればいいのにと考えながら家に向かったけど、きちんとトートバッグ2つ分の服が詰め込まれてあった。

まとめておいてと自分から言っておいて傷ついているんだからどうしようもない。

別れたいという意思は昨夜の時点で受け入れていて、彼は荷物を取りにきたんだから当たり前だ。

そういうところは潔い人だったと思い出した。

ばかみたいに「忘れ物ない?」なんて聞いてしまった。

ほとんど回収されてたけど、見るとサングラスとワイシャツがまだあった。

律儀にそれを渡して、泣きそうになるのを堪えながらまたタバコを吸った。

なりふり構わず泣きついて大暴れしてでも引き止めたい気持ちを抑えて駅まで送る旨を伝えた。

彼がタバコを吸い終わるころと、部屋を出る直前にも話さなくて大丈夫かと聞いてくれた。「今更いいよ」と2回とも断った。

 

本当は帰ってほしくなくて、ずっと話を引き伸ばして困らせることも出来たけど、口を開いたら文句ややるせない感情をぶつけてしまう気がしてやめた。

嫌われたくなかった。惚れた方が負けとはこのことか。

わたしこの人のことめちゃくちゃ好きなんだなと自覚した瞬間だった。

これまでだったら、相手にどう思われようが自分の気持ちを最優先してひどい言葉で平気でなじっていたと思う。そんなことはしたくなかった。わたしのなかでも大切な思い出にしたかった。なにがそんなにここまで彼を好きにさせたんだろう。

 

駅までの道は無言だったと思う。

わたしは今にも泣きそうで早足にもなっていた。

荷物を持ってあげればよかった。

何度も何度も通ったこの道をもう2人で歩けないのかと思うとそのまま死んでしまいたかった。

駅徒歩4分の好立地を疎ましく思った。

でもそのおかげで、帰らないでほしい別れないでほしい考え直してほしいと言わずに済んだからよかったのかもしれない。

さっさと駅に着いてしまい、苦し紛れに「タバコ吸おうよ」と言った。

そのまま送り出せばよかったと思うけど、迷惑をたくさんかけたことをちゃんと謝りたかった。

恥ずかしいくらい震える手でタバコを吸った。彼の顔は見れなかった。

結局2人とも無言で吸い終わってしまったんだけど。

 

改札の前に着くとばつがわるそうにお互いに頭を下げた。

「本当に身体に気をつけるんだよ」と言ってくれた。

彼も涙ぐんでいて、もうわたしは限界だった。

スマホを握っていた手を出してきたから思わず掴んでしまった。わたしが勝手に貼ったちいかわのステッカーがまだ残っていた。

ちょっと前に2人で嬉々として練習したハンドシェイクを弱々しくやった。

「ごめんね」と「ありがとう」をやっとの思いで伝え元気に手を振った。

 

家に帰る途中、涙があとからあとからでてきて止まらなかった。さっきはあんなに短く感じた道がものすごく長かった。

帰宅して、泣きながら冷蔵庫に入っていた消費期限切れのシュークリームを飲み込んでゴシップガールを流し見した。彼が電車で泣いていなければいいと思った。

 

あーあ 別れたくなかった